あしたのしあわせ

人生は夢だらけ

シカゴマンゴ 6月19日分

ゲスト:ナイツ
マライアキャリーでも聴こうと思えば聴けるポッドキャスト
アンタッチャブルが見た大リーガー、素振りが下手すぎて笑っちゃった?ただめちゃめちゃ走行守三拍子揃った選手だった!見た目じゃわからない。
ナイツが芸人になった理由は?塙はまず兄が始めた。男三兄弟。一番上の兄は作家タイプ。SAGAは次男。
三男塙は高校時代漫才で優勝したことがあるそう。お笑いめんたいこという大会。コンビ名は「We are the 喧嘩腰」(笑)
当時の相方がお笑い大好きで、塙を誘ってきた。当時は塙がツッコミだった。塙もボケがやりたくて解散。
アンタッチャブルのことは96年くらいから知ってた?オンバトとか見て?持ち上げまくるナイツ(笑)
塙は吉本のスカウトを断って創価大学落研へ。土屋「お笑い界のハンカチ王子」塙「ヤホー王子」(笑)
どきどきキャンプ岸は土屋と同期だそう。やついは塙の3つ上、今立は2つ上だそう。オードリーのマネージャーの湯澤さんは塙の2つ上で、コントやってたらしい。
塙はまた違う相方と漫才をやっていた。その相方が遅刻が多くて不安で解散した塙。
真面目な人を探してたら土屋が浮上。その前のコンビ名もナイツだった。山崎「やじゃないの?」土屋「僕が提案したんです」ナイツを受け継いだ。
塙「将来名前を残していきたいんですよ」二代目ナイツをつくりたい?塙「アンタッチャブルさんも作ってくださいよ」柴田「もう映画からの二代目なんだから」
永井佑一郎くんが出てきたときはやっぱりびっくりしたそう。ラテ欄に乗るし。
土屋の母がマセキ所属だったことがきっかけでマセキへ。売れない演歌歌手だが、アッコさんと同期。
マセキに入ったのは2001年。はなわが売れたのは2003年。多少ケイダッシュに行きたい気持ちもあったが、このままで。
山崎「びっくりしたもん。はなわさんの弟だったなんて!」柴田「おれははなわと仲良かったから知ってたけどね」
オンバト全然勝てないナイツ。ホープ大賞で優勝した翌日に7位だった。オードリーも全然勝ててなかった。アンタッチャブルもノンスタもオンバトも優勝してる。
きっちり受け止める山崎(笑)投げ返さない。
土屋は前のコンビでは両ボケのシュールなコントをやっていたらしい。
塙「彼(土屋)のポイントは器用」最初は噛み合わなかったらしい。2001年のM-1はド緊張で2回戦で落ちてしまった。
柴田も高校時代はパンチの利いた相方と学園祭で漫才やってた。柴田はボケ。山崎「どう考えてもあの人はボケにしか見えない(笑)」
アンタッチャブルは余りものコンビ。同期の年上の人に組まされてできた。お互いボケがやりたかった。
土屋の前のコンビは「やまぜり」塙が名前つけたらしい。やたら合同コントをやっていたそう。
塙先輩には憧れてた?土屋「やっぱりハンカチ王子ですから。部長だったし。今と比べ物にならないくらいかわいい顔してましたし」今はイモ掘り顔(笑)セミリタイア顔(笑)
はりけーんずさんにも先輩だと思われたことのある塙(笑)
漫才協会の会計を押し付けられそうになった土屋(笑)ガチで面倒くさいらしい。
師匠は結構テレビを見てくれているらしい。内海桂子師匠はオンバトもチェックしているらしい。NON STYLEのことをNEW STYLEと呼ぶ師匠(笑)
レッドカーペットに出たがるビックボーイズ師匠(笑)ナイツが出るたびに聞いてくるらしい。ラップ作ってきて自主制作CD作ったり。