あしたのしあわせ

人生は夢だらけ

わたしが子どもだった頃

田中裕二 43歳
中野区生まれ。子どもの頃から変わんない。
憧れの人はジュリー。自慢だったのは足が速かったこと。夢はアナウンサー。
ひとりDJを。ビタースイートサンバにのせて。
父は真面目なサラリーマン。3人兄弟の末っ子。
最初の記憶はテレビ。黛ジュンの「天使の誘惑」が大好きだった。
再現Vが。子役かわいいー。おやつはグレープフルーツ。ご飯はしゃぶしゃぶやチーズフォンデュ。母が新しいもの好きだった。
生で見たヒデキが怖かった(笑)ジュリーとは会話した。「Oh!」って(笑)西城秀樹「薔薇の鎖」
子役ちっちゃい(笑)家に友達を大勢呼ぶ。田中裕二リサイタル(笑)プレゼントを家に置いていかれた?犯人探しをする一同。
なぜか足が速かった子ども時代。ピンクレディーペッパー警部
背の順はいつも一番前。リレーのアンカーで一番に。次の体育の時間でタイムを測ることに。身長差に負けてしまう。インタビュアーとしておちゃらけるうーくん。初めてビリをとりショックだった。
周りと身長差頭一個分くらいある。
野球部がなかったから中学はバスケ部に。身長が伸びると聞いていたが、伸びるわけがない(笑)
あだ名は「根性マン」沢田研二勝手にしやがれ
オールナイトニッポンにハマる。先輩が試合の日、道に迷い、着いたのは試合が終わった後だった。殴られてる同級生たち!遅刻得。
だんだんバスケに興味はなくなり、興味はラジオへ。アナウンサーになりたい気持ちが強まる。
奇跡の1979年?紹介たのしそうだなぁ。海援隊贈る言葉
おみくじで「口に関係する商売に吉あり」と出た。高校入学後、野球部に誘われるも人数がギリギリであることを知り渋る。放送部に入ることに。
アナウンスやりたくて入ったが女子ばっかり。まず発声練習。高校の先輩テレ朝アナウンサー藤井暁さんから手紙が。当時のあだ名はうーぱん。
リクエストはパーシーフェイスオーケストラ「夏の日の恋」真夏の合宿を思い出すらしい。
高三の初恋。後輩相手に失恋。最後の曲は佐野元春「SOMEDAY」
ずっと喋りっぱなしは疲れた?聖子ちゃんやマッチをかけ忘れたことに気付く(笑)
次週は太田さん。